■瀬名秀明氏からのメッセージ
子どものころからプラネタリウムの投影装置には、憧れと同時に畏怖にも似たふしぎな気持ちを抱いていました。人里離れた山奥に降り立った宇宙船のようでもあり、そこから出てきたタコ型宇宙人のようでもあり……。歯車の組み合わせで遠い過去からはるか未来の星空まで映し出せる投影装置は、人類の知と技術のピュアな結晶のように思えたものです。
「プラネタリウムの小説を書いてください」という読者の方からのご希望をいただいて、まっさきに五島プラネタリウムの解説者のおひとりである村松修さんのところへお話をうかがいに行きました。村松さんは取材の最後にふしぎな写真を取り出しました。それは光源電灯を取り外して恒星投影球の中を覗き込んだ写真で、周囲の光が星図原板の細かな穴を抜けて球内に集まり、まるで凝縮された宇宙のように、小さな星々が輝いていたのです。時間と空間のすべてが投影球の中に閉じ込められているようで、そのとき『虹の天象儀』(祥伝社文庫)という小説のアイデアは生まれました。
『虹の天象儀』は五島プラネタリウムの最後の投影から始まる物語です。幸いにして読者の皆様からたくさんのご支持をいただき、プラネタリウム番組になって、各地で上映されました。この物語の主役はカール・ツァイスプラネタリウムW型、すなわち五島プラネタリウムで長年にわたり星空を映し出してきた投影機です。小説の中で、投影機を解体したとき当時のドイツ技術者たちのサインが発見されたというくだりが出てきますが、これは事実です。そのお話を村松修さんからうかがったとき、技術者たちの想いを感じ、心を打たれました。
小説の冒頭には五島プラネタリウムが閉館した当時の新聞記事を転載しました。「直径20メートル、高さ13メートルの円天井に44年間、星空を映しだした投影機は、地元の渋谷区に寄贈され、展示の予定」と、当時の讀賣新聞には書かれています(2001年3月12日夕刊)。
いま私たちの手でその想いをかたちにできるならば、すばらしいことだと思います。たくさんの物語を抱くカール・ツァイスプラネタリウムW型と会える日を楽しみにしています。
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